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今までは入る人がいなかったけれど、義母がなくなって急にそういう現実が浮かびあがってきたというわけだ。
お墓って何となく、長男が引き継いでいくもの、という認識があった。 わたしの実家の父は長男で、本家の墓を継いでいる。
自分が女だからか、あんまり意識したことはなかったけど、あっちの墓はわたしの弟が継ぐのかな?こっちのイエの「お墓」の話は、以前にも、わたしがいないところであったらしい。 でも、なぜ費用を義父が出さず、ダンナは自分で負担することで納得しているかがわからない。

「まあ、そういうことになったから」「お墓はオレが探して、買うからさ」この時はダンナはあんまり、その理由について話さなかった(後々わかってくることだけど)。 「お前たちに任せる」っていうから、お墓を選ぶのはダンナや義弟が中心だろう。
わたしは部外者かもしれないけど、費用を出すであろうダンナの連れ合いだから、一応意見は聞いてもらえる、ぐらいに思っていた。 どのくらいの費用がかかるのか、という不安はあったけれど、「ダンナと義弟がうまく決めてくれるだろう」と深く考えないことにした。
だけど、義母の葬儀後一段落して、義父に連絡するダンナの話を聞いていると、どうやら義父、義弟、私たち夫婦の4人でお墓を探しに行くことになっているみたいだ。 「何で、4人で行くの?」とダンナに突っ込んだら、「まあ、4人が気に入ったところをね」なんてことを言う。
そんなわけで義母の葬儀の日、ウチにはお墓がないことが判明した。 そして、その費用は自分の配偶者であるダンナが出すらしいことも。
「お墓を買う」なんて考えたこともなかったわたしが、この日から突然そういう状況に放り込まれた。 お墓のことなどまったく知らなかったし、もちろんいくらくらいするのか、といったことも見当もつかなかった。
ただ、ダンナの方だけじゃなく、自分の実家も年1回しか帰らない(現在進行形)。 三十過ぎて結婚するまで、ずっと実家にいたせいか、あまり帰りたいと思わないからだ。
それで、年1回は義務みたいにそれぞれの実家に、夫婦揃って日帰りで行くことにしている。 ある年のお正月。
わたしの実家に行く日の朝、ダンナはお腹が痛くなった。 次の日、ダンナの実家に行く朝になって、わたしのお腹が痛くなった…。
交互に私たちは、何をやってるんだか、そんな感じで、会った回数も時間も少なく、ダンナがわたしの実家に感じていたように、わたしにとってダンナの実家はまだまだ未知の世界だったのだ。 この頃は。

とにかく、そういうコミュニケーション不足の義父と、同じく今イチわからない義弟と一緒に、これからお墓を探すことになりそうだった。 ホントに4人全員が気に入るお墓が見つかるんだろうか?それにお墓を見に行くといっても、たぶん1回や2回の見学では決まらない。
正直、義父や義弟と何回も顔を合わせるのは、負担だった。 結婚8年目とはいえ、それまでダンナの実家とのつき合いは最低限で表面的なものだった。
年に会うのは1、2回。 ダンナも特別何かなければ両親に会いにいくということはなかったし、わたしも行き来が面倒で遠ざけてきた。
そもそも、わたしは入づき合いが苦手で、人見知りもするタイプ。 義父は東京出身で、親セキも全員首都圏に住んでいるのに、いったいなぜ?そんなところにお墓を買ったら、お参りに行くだけでも大変なのは明らか。
わたしだってこの2人が好きだけど、だからといってその人が売るお墓を買おうとは思わない。 S、その説法の様子をテレビで見たことがある。
ニコニコしながら話すJさんに、集まったすごい数の人が数秒ごとに笑っていた。 んっ?これってどこかで見たような。
そう、あのA氏の毒舌会!同じような世代のお客さんから、あそこまで笑いを取れるのはJさんか、Kか。 義父は2、3年前に引退したが、それまで小さな輸入会社を経営していた。
昔はがっちりした体で迫力があったらしいが、大病を患ったりしたせいか、今はその面影はない。 ただ、時に眼光鋭く、ハキハキと物を言う印象はあった。

ダンナからは「昔からワンマンなところがある」と聞いていた。 おととしの段階でわたしが知っていた、そしてイメージしていた義父はここまでだ。
ダンナの話によると、以前実家の方でお墓の話が出たとき、義父は「京都にある瀬戸内Jが売り出しているお墓」を提案したという(これは後に、京都ではなく岩手の間違いであることが判明。 Jさんが平成4年6月まで住職を務めていた天台寺にあるお墓のことを指していたらしい)シニアに人気のJさんのお寺のお墓がいい、なんて義父は意外とミーハーなんだろうか?そう。
お参りのことを考えると、お墓はなるべく住んでいる場所の近くに、ということぐらいは頭にあった。 だけど、この時点でそれ以外のお墓に関する知識は、ダンナもわたしも、ほとんどなかった。
当たり前だけど、ひんぱんに購入するものでもないし、今まで関心もなかったから。 「お墓を買う」なんてことは、たとえば免許証を持ってない人が車を買うぐらい、3畳間に住む人が32インチの液晶テレビを買うぐらい、それまで、わたしの中ではあり得ないことだった。
遺骨をお墓に納める「納骨」は、一般的には四十九日にするものらしい。 それまでにお墓を建てるのは無理だとしても、いつまでも遺骨を放っておけないという意識はあった。
わたしたちが住んでいるのは前にも書いたけれど東京の近郊だ。 公営が安くていいかも、と思ったけれど、応募可能な自治体の募集は締め切った後だったり、まだ日にちがあったりした。

公営は何かと安心感があるのか応募も多いらしく、去年の倍率を見ても確実に入れるものではなそういうわけで、とりあえず公営以外の霊園を見て廻ることにした。 今思うとこの「とりあえず見て廻る」前に、ある程度のことを調べておけばよかった、とつくづく思うんだけど…。
以前、ダンナが何かの話の流れで、「俺が死んだら、骨を海にまいてくれればいいから」と言ったことがあった。 その話に特別違和感のなかったわたしの希望は、樹木葬。
前にテレビでその様子をレポートしていた。 岩手県のあるお寺が墓地として認められた山を提供して、それぞれの遺骨を埋めた場所に木を植える「お墓」。
それは、とても新しいスタイルに思えたし、「お墓」らしくない、さりげないたたずまいに魅きつけられた。 「自分の遺骨が1本の木を育てる、しかも「森のお墓」っていうイメージも、いい!すごく、いい!」そう話したわたしに、「遠いし、自分の方が先に死ぬし、そんな埋葬してやれない」って、ダンナはあっさり却下したっけ。
現在ダンナ四三歳、わたし四一歳。 イエとか、お墓とかお葬式とか、そういうものに伝統を重んじなくなっている世代なのかもしれない。
自分たちの代でお墓がない、ということになれば好きな埋葬方法を選んだと思う。 だけど、七十代後半の義父の代で、ウチの埋葬を考えなければならなくなった。
世間では、新しいお葬式やお墓の形が提案されている。 「樹木葬」しかり、海や山に遺骨を撒く「散骨」しかり。
はたまた人工衛星のように地球の周りを何回も廻っちゃう「宇宙葬」やウェブ上にお墓をつくる「バーチャル葬」まで。 今どき、「お墓」や「葬法」の選択肢は拡がってはいる。
費用もいろいろ。


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